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スタッフのコラム

スタッフのコラム Vol.6

長友祐介2004年9月2日 更新

※写真は、クリックすると拡大します。

■こんにちは、長友祐介と申します。

【エルサルバドルにて トルティーヤを食べる長友】

テレビ番組づくりの現場、その最前線に身を置きたくてクリエイティブ ネクサスに入社してもう8年になります。

今回は、普段テレビ番組がどんな者によって作られているのか、まったく知らない人にも読んでいただけたらと思ってつぶやかせていただきます。

ロケ現場にて
【マケドニア・ギリシャ国境地帯 マケドニア側国境警備兵】
《 国境線を作りだした人間の心が、確かに自然を切り裂いていました。》

私自身は現在、2つの番組を「ディレクター」として担当しております。

◇テレビ朝日「素敵な宇宙船地球号」
世界各国で起きている環境問題と、
それに立ち向かう人々を紹介するドキュメンタリー番組。

◇NHK教育「科学大好き土よう塾」
「空はどうして青いの?」といった子どもの素朴な疑問に答える科学情報番組。

世界中を旅するドキュメンタリー番組、子ども向け科学情報番組。 あまり接点はないと思われるかもしれません。
でも、自分の中ではあまり違いは感じていません。 アタマと体、全部を駆使して苦しみ、喜ぶことにあまり変わりはないからです。

■ディレクター。いろんなスタッフに支えらて。

テレビを作るにはたくさんの人間が関わっています。 プロデューサー、ディレクター、カメラマン、音声マン、照明マン、編集マン、音響効果さん、美術さん・・・・
その中でディレクターの役割を一言で言うと
「何を伝えるべきなのか?伝えたいことをどうすれば、伝えることができるのか?」 を、
ひたすら考え、動き、伝えなければならない人間だと、私は思います。
そんなディレクターの思い、願いを、他のスタッフに受け止められてはじめて番組づくりは動き出します。

素敵な宇宙船地球号 「国境線が傷つけた湖 ~バルカン半島~」ロケ現場
【マケドニア・ギリシャ 国境地帯】
《 海外ロケは、コーディネーター(通訳)、カメラマン、音声兼照明マン、そしてディレクターの最低4人が必要です。》
 

全体の仕上がりや予算を管理するプロデューサー。
撮影現場で一緒に悩み考え行動をするカメラマン、音声マン、照明マン。
撮ってきた映像の中を、もう一度ディレクターとともに旅する編集マン。
映像に感情を吹き込む音響効果さん・・・・・・。
みんな、ディレクターの思いが発火点となって、それぞれのプロが考え動き、番組は生まれています。

私自身も、いろんなスタッフに支えられ、たくさんの番組をつくってきました。
その番組一つ一つに、忘れられない思い出があります。

「素敵な宇宙船地球号」というドキュメンタリー番組では世界中いろんな場所へ旅してきました。もちろんそこには、たくさんの出会いがありました。
その人たちと自分は二度と再会はできないでしょう。
けれども、自分にとってその人たちは、一生感謝すべき人たちであり、決して忘れたくはない人たちです。そんな人たちのほんの一部を紹介します。

■「そして、海が消えた ~アラル海 死と再生~」ロケにて

【アラル海で出会った子どもたち】
《 彼らは環境破壊によって海を失った漁師たちの息子達です。》
【船の墓場】
《 湖は砂漠と化し、船だけが墓標のように残されています。》

こちらは、中央アジア、カザフスタンのアラル海という場所で出会った子どもたちです。ここは今、世界最大の環境破壊の起きている場所です。
九州と四国を足したほどの面積を誇っていた湖が、農業用水としてとられ、九州の面積ほど干上がってしまい、かつての湖は砂漠へと化しています。凄まじい環境破壊によって何百万人もの人々が病気にも苦しんでいる場所です。

人間はどんなに苦しくても哀しくてもこんなにもまっすぐな笑顔を見せてくれる、その意味について、自分はどれだけ真剣に考えているんだろうと、自戒の念を抱きつつ、僕はこんな笑顔で笑えるんだろうかと、いつも思ってしまいます。

■「失われた森を求めて ~エルサルバドル 木と人の和解」ロケにて

【夕焼けを見つめるドン・コンセ】
【ここはかつて戦場だった】
《 内戦、最大の激戦地帯グアサパ山。焦土と化したこの地に、彼は木を植え続けています。》

こちらは、エルサルバドルで出逢った夕焼けと、ドン・コンセというお爺さんです。
僕が世界で最も「ドン」という名にふさわしいと思っている爺さんです。
このお爺さんは、かつて内戦で 森にあった家、畑、そして息子の命を内戦で失った農民です。
彼は今、失われた森を取り戻すために何万本もの木を植え続けています。 その一本一本は内戦で死んでいった者たちの墓標でもあるんだと、静かな目で語る人でした。

【砲撃を受けた木とドン・コンセ】
《 彼は言いました。
「木と人が共に生きてゆける。・・・それが平和ではないか。」》
 

そんな彼は、「痛み」の意味をカメラの前にさらけ出してくれました。
「木も人と同じだ。」ただそう言って、彼は砲撃のせいで枯れようとしている木に触れ、それからシャツを脱ぎました。
その身体には、数多くの銃痕がありました。

しかし、彼のこの行動を捉えた映像が、放送されることはありませんでした。
最終的に編集できずカットになってしまったからです。
理由はドン・コンセにこの行動をさせた「背景」が、とらえきれていなかったからでした。

「背景」は、彼の生きてきたことの積み重ねです。でも過去を撮ることはできません。ならば今、彼が、生きていることを積み重ねている実像、"生活"している姿を徹底的に密着して撮影しなければいけなかったんです。

【ドン・コンセの背中】
《もう一生会えないかもしれません。 でも彼の背中を僕は生涯忘れることはありません。》
 

でも、私はそれができませんでした。
彼に遠慮しすぎた、取材者との距離のとり方を見誤ったディレクターとしての失敗でした。

だから僕は今、確信しています。
ドン・コンセの躯に刻まれた語りつぐべき物語を 語りきれなかったこと。
そのことを一生、後悔していくべきなんだと。

そんな失敗を重ねながらも番組は作られ放送されてゆきます。

《死にゆく海と暮れてゆく空》
 

■テレビと僕と。

自分がディレクターとして関わった番組が放送される瞬間、限りなく巨きな海へ、ボトルレターを流す・・・そんなイメージが脳裏に浮かびます。
一生会えるかどうかも知れない 幾千、幾万の人々へと送るボトルレター。
それはあなたに届かない手紙なのかもしれません。でもその中にはディレクターが出会い、心が動かされた、かけがえのない何かをどうか同じよう受け取って、心を震わせて欲しいという「願い」が在ります。
テレビの素晴らしさはそこにあるんだと思います。

でも最近、というかここ何年か、テレビニュースで人が死亡したことを告げるたびに何か自分とテレビの伝え方に違和感と嫌悪感を感じています。
「なんで俺は怒らないんだ」「なんで俺は泣かないんだ」「なぜ俺は悲しまないんだ」
と。
でもこの自分とテレビへの違和感、嫌悪感は失いたくない、と切に願っています。

世界のどこに行っても、日本で年間3万人も自殺者がいる話をすると、驚かれます。
「見ること」 と「在ること」の区別がつかなくなったら、ディレクターとしても人としても終わりなんだろうなと、思えてなりません。

「見ること」と「在ること」の乖離をなくすために、僕らは今"伝えるということ"を新しい次元で見つめなおす必要に迫られている気がしてなりません。

■最後に。

【オーストラリア ヨーク岬 ジャングルの上の空】
 

こちらは、オーストラリアの最北端にあるジャングルで出会った朝焼けです。
どうですか? きれいですよね。

自分が世界中どこにいても、朝焼けを美しいと感じられるうちは・・・

自分と同じように、きっと世界中の人も朝焼けは美しいと感じているはずだと、 信じていられるうちは・・・

自分も世界もまだまだ捨てたもんじゃないと信じて、とにかくテレビを作り続けてゆこうと思います。

「あなたがいるから、世界は美しい!!!!」

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